2021年11月に、1993年から始まった技能実習制度に、「介護」の分野が加えられました。将来、介護人材が圧倒的に不足することが予想される中での制度の改定です。とはいえ、「介護」は医療現場や高齢者向け施設において、患者や利用者の生命と健康に関わる仕事です。そのため、技能実習生を受け入れる事業所にも実習生にも、必要な要件や資格が細かく定められています。
そうした条件のもと、ビヤンレー オーラパンさん(通称:フィールさん)が技能実習生として日本で介護の仕事に就くまでの経緯や、介護の仕事、そして水戸での生活についてお話を聞きました。
フィールという呼び名は、自分で決めたんです
日本に来て、もう1年半になりました。タイの北部、チェンラーイ出身です。本名はビヤンレー オーラパンですが、「フィール」という呼び名は自分で決めました。響きがよかったから。みんな中学生くらいになると、自分の呼び名を考えます。日本だと「よし子」で「よっちゃん」とかですが、タイでは本名とは全然違う名前でも、いいんです。学校に入ると、自分から「私をフィールって呼んで」って。友だちの本名も、あまり知りません。学校の先生も、普段は生徒をニックネームで呼びます。もし本名で呼ばれたら、「まずい、なにか叱られるな」って思っちゃいます(笑)。
子どもの頃から、日本のアニメ「コナン」や「ワンピース」、「NARUTO」とかを見ていたので、日本には親しみがありました。タイ語の吹き替えでしたが、それが日本のアニメだということは、わかっていました。 タイの大学では、ビジネスプランニング、経営学を専攻していて、日本語の勉強は全然していませんでした。大学生の時、バイトで一緒だった人に「こんな学校があるよ」と教えられたのが、日本語を短期集中で勉強し、「介護」の技能実習生として日本へ行くプログラムのある学校でした。両親から「大学を卒業してからどうするの?」と進路を聞かれた時に、その日本語学校のことを思い出して、ウェブサイトで探し、その学校で勉強することにしました。
日本語の勉強は、本当に大変でした
最初、日本語が全然わからなくて本当に大変でした。文字もタイ語のように1種類だけではなく、ひらがな、カタカナに漢字までありますから、その3種類の文字を覚えないと日本語ができるようにならない。日本語能力試験(JLPT*1)のN4に合格すれば(技能実習制度で)日本に行くことができるので、6か月の間、一生懸命勉強して、N4の試験に受かって、日本に来ました。
(*1)国際交流基金と日本国際教育支援協会が運営する日本語能力試験。N1からN5までの5つのレベルがある。1番やさしいレベルがN5。
利用者と会話をするうちに、日本語がだんだん上手になることが嬉しいです
タイの日本語学校と提携し、技能実習生を受け入れる会社が茨城にあったので、日本に来てすぐに、ここ(水戸市内の介護老人保健施設「はなみずき」)で仕事を始めました。日本には、旅行ですら来たこともなかったので、初めて日本に来て、仕事をすることになりました。
介護の仕事は、日本に来る前にタイの老人ホームで2週間くらい研修をしてきました。そんなに専門的な、深い内容ではなかったのですが、それでも今の仕事に役立っています。
この施設で私は「入所者」の担当で、食事やトイレのお世話をしています。介護の仕事がつらいと思ったことはありませんが、コミュニケーションが大切な仕事なのに、はじめの頃は日本語がわからなくて、相手が何をしてほしいのか理解できないこともよくありました。1年前と比べたら、今はずいぶんとコミュニケ―ションがとれるようになりました。最初は、話をしてみたいなって思っていても言葉がなかなか出ませんでしたが、今は、相手のコンディションなど、いろいろなことを聞くことができるようになりました。まだ、日本語で書くことはできませんけれどね。でも、この仕事は、施設の利用者やスタッフと会話をする機会が結構あるので、そのやりとりで自分の日本語がだんだん上手になってきていることが実感できて、それが嬉しいなって思っています。今も職場で、日本語の勉強をする時間があります。
7月の試験に向けて、休みの日は日本語の勉強をしています
今は水戸で、友だちと住んでいます。友だちはタイの日本語学校から一緒で、水戸の別な施設で、同じ介護の仕事をしています。アパートから職場までは、自転車で通勤しています。仕事が休みの日は、日本語の勉強をしています。今年の7月にJLPTのN2レベルを受けるつもりなので、ちょっと大変です。もっと漢字の勉強もしなければいけないのですが、仕事が終わってアパートに帰ると、夜は疲れて勉強をする気になれない日もあります。
連休など時間がある時には、タイ出身の友だちに会ってタイ語でお喋りします。あとは、スポーツが好きなので、ダイエットを兼ねてジョギングをすることもあります。水戸は街がきれいですよね、ゴミなんて落ちてない。自宅から水戸駅や偕楽園の方まで、1時間ぐらい走ります。タイでは、バドミントンや卓球、バレーボールをやっていました。タイは暑いのでインドアのスポーツが盛んなんです。水戸はちょっと寒いですけれど、ホームシックはありません。でも、タイのカフェ、喫茶店は恋しいですね。日本のカフェとは、ちょっと雰囲気が違うんです。休みの日はカフェに行って、のんびりと過ごすのが楽しかったです。好きな食べ物は、焼肉です。生ものは全然食べられません。納豆も苦手です。
タイでは知らない人でも、目が合ったら微笑みます
日本は、知らない人にちょっと態度が冷たいかな、と思います。タイだと、知らない人にも優しい。たとえば、道に迷っているような人がいると、周りの人が「どこ行くの?」とか声をかけて、いろいろ教えてくれたりします。たとえば知らない人でも、目が合ってこちらが微笑めば、相手も微笑んで返します。でも、日本で知らない人にそれをしたら、ヘンですよね。
日本では、今のお給料と生活費の収支のバランスがとれるくらいなので、それほど日本の物価が高いとは思いません。自炊したり、髪も自分で切ったりなど工夫はしていますけど。むしろ、タイの方が、物価が上昇していて、でも収入はあまり上がらないので、収支が見合わないかなと思います。
いつかタイでビジネスを興したいと思っています
技能実習の期間は3年間(*2)なので、あと1年半あります。期間を終えた後も、日本で働き続けたいです。タイも高齢化が進んでいますが、家族で高齢者のケアをする家が多いので、老人ホームはあまりありません。私も6人姉妹の3番目なんですが、大家族ということもあるかもしれませんね。キャリアを積んで、できるだけ日本で働いてお金を貯めて、タイに帰ったら、大学の時に勉強したことを活かして介護の分野に限らず、何かビジネスを興したいなと思っています。
(*2) 技能実習生の在留期間は最長3年間
来日して1年半とは思えないくらい、フィールさんは、日本語の色々な言い回しをご存じでした。お話を聞いて、施設の利用者の方と一生懸命コミュニケーションをとっていらっしゃる毎日の賜物と感心しました。水戸での経験が、フィールさんの将来の力になりますように。